京都武専
2016年4月より武専で感じたこと、気づいたことを載せていきます。
2016年6月
6月26日に京都地区の武専が山科_一燈園中・高等学校で開催されました。
派遣教師:千葉県 流山北道院長_渡部 昌彦先生です
- 1時限:現代武道における「行としての少林寺拳法」の存在意義
・渡部先生は、武道の「武の意義とは」の問いから始まり、世の中が平和になるためにどのような気持ちを持つのか?を教えて頂きました。
渡部先生の印象に残った教え
①日常のあたりまえは、当然ではない
例えば、人は歩けてあたりまえ。しかし、世の中には障害や事故で1000人に3人は歩けない人もいる。それはあたりまえではない
②あたりまえに感謝の気持ちを持つ
③困難は無いことが良いが、難が有ることも必要「い難有」を反対から読むとありがたいと読む
④道場は、入ったところから稽古は始っている。意図をもって稽古に臨む。脚下照顧~作務(稽古をさせて頂く、ありがとう)
- 2時限:地区設定授業「縁」講師 峠 徹先生
京都の少林寺拳法が開設された経緯を話され、後藤伊山、坂口夫妻の「人づくり」に情熱をかけられ、京都別院ができたことを改めて知りました。詳細は後日記載します。
作成中
2016年5月
5月17日に京都地区の武専が山科_一燈園中・高等学校で開催されました。
派遣教師:地元教師舞鶴道院長_清野 姿先生です
師家講話
武専に来る心得:清野 姿先生
武専に来る心得は、テーマを持ち、必ず疑問をもってきて質問をする。そして講師をいじめてほしい。
ただ稽古にくるのではなく何かを吸収して帰ってほしい
ことをおっしゃってました。
また、技を通して成長してもらい、自分に向き合い反省しながら品格を上げてほしいとも
続きは、後日掲載します。
2016年4月
4月22日に京都地区の武専が山科_一燈園中・高等学校で開催されました。
派遣教師:静岡三島道院長_青島 勉先生です
お勧め書籍:ブッダの智慧
全体講義:テーマ「力なき正義」と「正義なき力」
正義について様々な角度から話をして頂いた。
特に、青島先生の体験からみた正義とは、
善行も他人の犠牲において自己の利益の追求は不正である
自己犠牲を恐れたら何もできない
どんな正論も巨大な悪や不正の前では無力である
本当に信じあえる仲間がいれば強くなれる
また、正義には答えがない、正義は自分自身報いられないこともあるとおっしゃていました
開祖は、「力の裏づけのない正義は無力でしかない」と言いきっておられた。
正義の定義は多くの解釈があり、その人それぞれの視点や考え方、判断によっての相違はあるでしょう。正しいことは正しいと言える勇気と行動に出て行けることが絶対条件だとも言われています。
「悪」や「不正」という奴は巨大なパワーを持ち、あらゆる弱みにつけこんでくるしたたかな奴です。そんな奴と向き合うには強い正義感と行動力を身につけることです。
不正を正すことこそ少林寺拳法創始の動機であり目的なのです。修行を通して感性と判断力を磨き、開祖の志を行動に変えて行くことが大切です。
「人、人、人、すべては人の質にある」
武専基本
青島先生:
①振り子の突き、蹴りの体重移動:開足中段構えには3つの軸がある正中線、左足と肩、右足と肩。その3つの2つが重なるように体重移動を行い突き、蹴りを行う
・コース制を使い、ゆっくりと確認しながら行う
腰を落とす、左へ移動、右拳上段突き、もとに戻る、次に右へ
蹴りも同じように行うが、体重移動時に蹴る側の腰を出す(捻る)
②上段突きを顔移動で捌く:体捌きは顔をまず捌く、相手を見る、突くの動作※足の移動を行わず顔をかわす稽古をする
以上。参考にしてください
過去の日記?
二ヶ月以前はこちらから見てくださいね。